高層階の陰【スマートジャンキーリポート14】



「おう、ちゃんとシャブ抜いてきたか?」
「バッチリ抜けてます」

 

いつもの民泊のアジトではなく新宿の高層ホテルに呼び出されていた。

 

この日は取引があった。当時自分は売人では無かったが、たまに取引の手伝いをしていた。

 

それはコカインの目利き。鼻から吸うから鼻効きとでも言うのかな。

 

コカインは質の良いモノと悪いモノの差が非常に大きい。

 

混ぜ物はよくある話だし、酷い業者だとコカインと似た効き方をする別の物質を渡す詐欺もある。

 

コカインは純度を確かめるためにクラックという高純度の物質を作る方法がある。これはパイプに入れて炙って吸える。

 

そしてクラックを作ると純度を測ることができる。

 

でもコカインは結局鼻から吸う客が多い。

 

ある程度の純度を保っていれば鼻から吸って確かめたほうが良いというのが売人のリーダーの方針だった。

 

そうは言っても後で純度の確認はしていたと思うけど。

 

そして自分がコカインの目利きを任されていた理由は売人グループの中で鼻が利いたからだ。

 

覚せい剤をやっているとコカインが効き辛くなる。

 

理由は覚せい剤の方が効果が強いからだ。覚せい剤ユーザーはコカインの良し悪しがわからない人が多い。

 

なのでこの日は売人のリーダーから「シャブを抜いてから来い」と一週間前から言われていた。

 

「今日は大丈夫そうか?金額デカいから頼むで」
「大丈夫です」

 

呼び出されたのは新宿の高層ホテルの27階。安いホテルだとセキュリティ面で不安があるため大口の取引の際はよくここを使っていると聞いた。

 

数十万円の取引ならよく手伝っていたけど、この日は約八百万円の取引。

 

直前に売人のリーダーに大口の注文が入っていて、その商品の仕入れにあたる取引だった。

 

口では大丈夫と言ったものの初めての大きな取引に内心はかなり緊張していた。

 

リーダーは気さくで優しい方だったけど商売のことになるとめちゃくちゃ厳しい。不良はみんなそうだ。

 

自分は不良ではないし、下手を打った時のことを考えると気持ちは落ち着かなかった。

 

「今日の取引先はどういうとこなんですか?」
「今日のとこは中国系の不良グループや。よう六本木とかにおるわ」
「いつもの歌舞伎の黒人じゃないんですね」
「あいつパクられてさ」

 

コカインは国内で製造できないので必然的に海外から密輸しなければいけない。

 

個人で大量のコカインを密輸するのは難しい。なので外国人グループが持っているケースが多い。それか暴力団。

 

一般の日本人が持っているケースもあるが、元を辿れば外国人か暴力団がほとんど。

 

コカインは特に黒人が強くて覚せい剤なら中東系が強い。暴力団は全ての薬物において強い。

 

そこから売人達を携えた半グレに薬物が渡って販売が行われている。

 

自分がリーダーと呼んでいた人は半グレのポジションだった。

 

「もしもし。着いた?〇〇号室のピンポン押して」

 

相手が来たみたいだ。

 

「お疲れ様、最近調子どう?」
「結構売ってるで、草もシャブもチャリも全部」

 

取引相手は短髪のガタイの良い中国人。

 

シャツの袖から指先まで入った入れ墨が見えて気になったが目を伏せた。

 

「今日2種類あるから選んでよ」
「言っとったな、値段も変わるん?」
「安いのと高いのがある。評判はどっちも良いよ」
「俺チャリ吸わんから若いのに試してもらうわ」
「わかった、ちょっと用事あるから一回出るね」
「これどっちがどっちなん?」
「印付いてる方が高い方で無い方が安い方」
「じゃあ決めたら電話するわ」

 

二種類のパケを机に置いて中国人は部屋を出た。

 

パケの中を見るとどちらもブロック混じりの白い粉末。

 

開けてみるとどちらも強く臭った。一つはガソリン臭のするものでもう一つはコカイン独特の足の裏のような匂いのするもの。

 

見た目と匂いだけで判別が付くこともある。自分の経験では足の裏のような匂いのするものは良いものが多かった。

 

「鏡あっためとくから砕いときや」

 

コカインは熱した鏡の上で吸うと湿気で粉末が固まらないので吸いやすい。

 

年密にコカインの粒が入ったパケをライターの尻で潰していく。

 

サラサラした部分も少ないし見た感じだと混ぜ物はなさそうだった。

 

「吸ってみますね」

 

カードで再度細かく砕き万札を丸めスーッと音を立てて吸い込む。

 

鼻への馴染みも良い。少し経って体温が上がり始める。

 

「どうや?」
「良いと思います。もうちょっとだけ時間下さい」

コカインの効きはすぐには分からない。経験上、良いコカインほど後で効いてくるケースが多い。

 

「まあまあですかね。効きが落ちたらもう一つも吸ってみます」

 

鼻の奥に苦いものが落ちてきてから少し経ち、効きが落ちたのを感じたのでもう一つの印が付いてあるパケを手に取った。

 

再度コカインを鏡の上に出し、カードで細かく砕き丸めた万札を手に取って吸い込んだ。

 

「こっちのほうが高いって言ってたな」
「言ってましたね。吸った感じはこっちも良さそうです」

 

良いコカインは基本的に鼻に馴染む。吸ってすぐ鼻に違和感を感じたり痛みなどが出るものは基本不純物のせい。

 

判別できなかったらどうしようという不安を抱えながらコカインの効きを感じていた。

 

「どうかな?」
「まだ効いてるんでもうちょっとだけ時間下さい」

 

鼻に入れた時の効き方はナチュラルな上がり方がした。だが数十分経って視界がクリアになりコカイン特有の陶酔感に襲われた。

 

良いコカインはやはり後からの効きが強い。そして効き目がなかなか落ちない。良い物だと2時間くらい効果が続く。

 

よく日本のコカインはダメという人がいるけど、それは良いものを取るルートを持ってないだけ。

 

繋がりがあれば別だけど、数個取っただけのコカインが良いことはほぼ無い。コカインはまとまった量を取って初めて純度が約束される。

 

「圧倒的にこっちの方が良いと思います」
「なんで?」
「後から効いてくるし効きがかなり長いですね」
「高い方か、まあお前が良いって言うならこっちにしとくか」

 

経験上どの薬物も安いものが良いことは本当に少ない。良いものは他より必ず高い。

 

薬物はいつも安かろう悪かろうだ。理由があって値段が付けられている。

 

この後リーダーは中国人に電話し、程なくして部屋のベルが鳴らされた。

 

「持ってきたよ」
「ありがとな。これ現金ね、物の確認だけするわ」

 

渡された紙袋を開けると熟成されたチーズのような塊が何十個も入ったジップ付きの袋が出てきた。

 

それと現金が交換されて取引が成立した。

 

コカインが同一のものかどうか確認だけ済ませると、中国人は足早に外に出ていった。

 

去り際に中国人が自分を見た視線が「ここはお前の居場所じゃない」とでも語っているような気がした。

 

自分が勝手にそう感じただけかもしれない。

 

少しの高揚感と共に、段々と深いところに嵌ってきてしまっている自分に嫌気のようなものも感じ始めていた。

 

払い除けるためにガラスパイプの中の濁った結晶へ新しい結晶を足した。

 

報酬の現金を眺めて胸を撫で下ろし、部屋でまた独り氷を溶かした。

 

 

※この物語は全てフィクションです。違法薬物の使用、犯罪行為を助長するものでは一切ございません。

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