僕には何もわからない【スマートジャンキーリポート15】
「着いた頃には曲がってるだろうな」
新幹線の中で小さな紙の破片を口に含んだ。
親友と二人熱海に向かっているところだった。
事前に貸切タクシーのコミネさんに連絡をし、この日も予約を取っていた。
JR熱海駅の改札をくぐると白髪の老人が手を挙げて立っていた。
「いい天気になってよかったよ」
「コミネさんのおかげですよ」
「とりあえずタバコでも吸おうよ」
LSDをやっている時のタバコは格別に美味い。
駅前の喫煙所で今日の作戦会議を始めた。
「今日どこ行く?」
「僕らどこでも楽しめるんでどこでもいいですよ」
「この前熱海だったし伊豆方面でも行ってみようか」
「強いて言えば高いところ行きたいです」
LSDをやっている時はなぜか高いところに行きたくなる。
タクシーに乗り込み、窓から映る山脈が徐々に窓枠に切り取られた油絵のように変わっていく様子が熱海に来ていることを実感させた。
「どこ向かってるんですか?」
「大室山ってとこだよ、リフトに乗って山頂まで行けるし見晴らしが良い」
しばらくタクシーに揺られながら外を眺めていると巨大な緑色のスライムのような山が現れた。
話を聞くと君の名は。のモデルになっている山らしい。よく似ていた。
「リフトがあるから乗ってきなよ、俺は歩くの疲れるから下で待ってるよ」
リフト乗り場が見えたので、親友と二人リフトに乗り込んだ。
リフトの中はスペースシャトルに乗っているような感覚に襲われた。
山頂に降りるとジブリに出てくる映画のような緑と青と白の原色だけで塗られた世界が広がる。
空はとても綺麗なのに、なぜだか雲は途方に暮れているように見える。
あまりにも空は広い。そして道があるわけでもない。
どこに向かえばいいのか分からず彷徨っている。
まるで自分と同じ動きをしているようだった。
雲を見ながら山頂を一周していると急に五体の地蔵が現れた。
座禅を組んだ地蔵達にこちらを見ていた。足が止まる。
じっと様子を見ているとどこからか「分かったつもりになるな」と聞こえた気がした。
「今なんか聞こえた?」
「聞こえないけど」
「気のせいか」
不思議そうな顔で自分を見る親友がいた。
気にしないでくれと言い、また歩き出した。
そして帰りのリフトに乗り込み、コミネさんの待つ場所に戻った。
iPhoneケースに隠していたLSDを取り出し口に含みタクシーで次の目的地に向かった。
「どうだった?」
「景色良くて最高でしたよ。次はどこに行くんですか?」
「蝋人形の館ってとこがあってね、楽しいと思うよ」
「いいですね」
追加したLSDの効果を感じながらまたタクシーで揺られて蝋人形の館に到着した。
館の前にはジャッキーチェンが立っていた。今にも拳が飛んできそうな風体だ。
館内に入り、メキシコ人の館長に案内され通路を進んだ。
最初に出てきたのはギネスブックに載っている人達。
遠近感がおかしくなった目に3メートル近く身長のある巨人が映ると自分が小人になったような感覚になる。
自分の膝までくらいしか身長が無い世界一小さい小人がいた。次は自分が見上げられて巨人になったような気分で目が忙しい。
少し歩くと歴史上の偉人が出てきた。通路の両サイドにずらりと座っている。
戦国武将達からは覇気のようなものを感じる。みんな険しい表情。
織田信長の顔は他の武士たちより少し余裕があった。
次に出てきたのが映画シリーズ。ターミネーターが出てきたり、猿の惑星の猿が怪しげな顔をして集団でいたり。
奥にいたのはベッドの上にゾンビみたいな顔をした少女。エクソシストだ。
「おい、今の見たか?」
「どうしたの?」
「絶対首回ったんだけど」
「嘘つくなよ怖いって」
「本当だって見てろよ」
断末魔を上げているかのような顔をじっくりと眺めていると首が一周した。信じられなかった。
一瞬視界が真っ暗になって嫌なところに入る。
二人して幻覚を見てしまったのかもしれない。
あの人形だけにそういう仕掛けがあるんだと自分を思い込ませて乗り切った。
最後に現れたのは最後の晩餐。
一目見ただけで空気感が変わった。
「なんか飲み込まれそう」
「不穏な空気漂ってるね」
12人それぞれの思惑が入り乱れているのを感じ取って胸がざわついた。
何かを議論している者、何かを懇願しているよう者、耳打ちをして話しかけている者、それぞれが何かを訴えようとしていた。
最後の晩餐はキリストが処刑される前日に裏切り者が中に紛れている作品。
その程度の知識しか無かったけど、それでも直感で不穏な空気を感じた。
「誰が怪しいと思う?」
「全然わかんないや」
「死んだ人の気持ちなんてわかるわけないか」
「生きてる人の気持ちでさえわかんないよ」
キリストの顔は寂しそうな表情をしていた。
裏切り者がいたからだろうか。処刑される前だからだろうか。
背景は分からないけど孤独を感じた。
人間は生まれてから死ぬまで孤独だと言われているような気がした。
思慮にふけっていると時間感覚がなくなってしまっていた。
親友に声をかけられて正気に戻る。
館内の蝋人形を見終えてからは締めにメキシコ人の館長とラテンダンスを踊った。
メキシコ仕込みのラテンダンスはもやついた気分が少しだけ晴れた。
「楽しめた?」
「最高でした」
「若い子が喜ぶようなとこじゃないんだけどね」
「僕ら楽しみ方知ってるんで」
その後は旅館まで送ってもらってコミネさんとはここでお別れ。
旅館に着いてからは巻いてきたジョイントを一本持って近くの港に向かった。
海辺を眺めながらOGクッシュの爽やかな香りに身を包んだ。
「今日はどうだった?」
「んー、うまく言葉にできない」
「そういう日もあっていいんじゃないかな」
自分はいつも選択肢を残す選択を取ってきた。
選択できることが自由だと思っていた。
何かに縛られるのは苦手だった。
だけど、自由でいたいという思いは気がつくと自由でいないといけないという縛りに変わっていた。
自由に生きるのは多分孤独だ。
色々と手放さないとなれないものなのかもしれない。
これも合ってるかどうかなんて分からない。
わかったのは自分には何もわからないということだけ。
※この物語は全てフィクションです。違法薬物の使用、犯罪行為を助長するものでは一切ございません。
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